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この記事のみを表示する『朽ちていった命―被曝治療83日間の記録―』

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朽ちていった命―被曝治療83日間の記録 (新潮文庫)朽ちていった命―被曝治療83日間の記録 (新潮文庫)
(2006/09)
NHK「東海村臨界事故」取材班

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12年前に茨城県東海村で起きたJCO臨界事故について、
みなさま覚えていらっしゃるでしょうか。

今、地震による原発事故の収束の目処がつかない中、
この事故のことを思い出して、かつて見たドキュメンタリーを
見直した上で、この本を読んでみました。

まず始めに注記しておきたいのは、今回の原発事故と
この臨界事故は種類の異なる事故であることです。
そのため、この件と今回の事故とを比べることは意味の
無いことですし、この本の内容について書くことで
ことさらに恐怖を煽りたいわけでは決してありません。

しかし、これからのエネルギーをどうしていくべきか、
という議論が盛んに行われている今、この事故について
知ることはやはり必要ではないか、放射線が人体に
どれほどの影響を与えるものなのかは原子力を考える上で
知っておくべきではないか、という観点から、この本を
読んで心に留まったことを、自分なりの言葉で書いて
みようと思いました。



この本は、ウラン燃料の加工作業中に被曝された3名の中で
最も強い放射線(20シーベルト前後/年間に浴びる放射線限度の2万倍)
を一度に浴びた大内久さんの治療記録です。
NHK取材班によって大内さんの容態、治療の内容、ご家族の様子、
そして治療スタッフの心境が淡々とした筆致で書かれています。
極力書き手の感情を排した文章であるが故に、事故の深刻さと、
治療スタッフの苦悩、家族の思いがひしひしと伝わってきて、
色々なことを考えさせられます。

東大病院に転院してきた当初、大内さんは会話もできるし、
見たところ右手が日焼けしたように赤く腫れたような状態で
あったこと以外は本当に普通でお元気そうに見えたらしいです。
致死量をはるかに超える放射線を浴びたことを知っていた
東大のお医者さんでさえ「助かるかもしれない」と思った
くらいだったようです。
しかし、チェレンコフ光を浴びた瞬間、大内さんの染色体は
ぼろぼろに破壊され、どれが何番の染色体かすら分からない状態
になっていました。
体の設計図を失うとどうなるか――まずリンパ球、白血球が消え、
皮膚や粘膜は再生されず、それに伴うさまざまな苦痛に晒され
るようになります。
症状が悪化するにつれ、大内さんの外見も大きく変わっていきます。
取材に答えた看護師さんの「ここにいるのは何なんだろう。
だれなんだろうではなく、何なんだろう。体がある、それもきれいな
体ではなくて、ボロボロになった体がある。その体のまわりに
機械が付いているだけ」(P129抜粋)
という言葉が、その症状の苛烈さを物語っています。

その詳細をここで長々と書くことはできませんが、刻々と変わっていく
大内さんの病態を読むだけで悲惨な状況が痛いほどに伝わってきます。
そのような実際的な記録を、このように一般に分かりやすいように
本としてまとめてくれたことの意義は、それだけで大きいことだと思います。
自分たちの使っている電気がどのようなものから生み出されているのか、
そこにもっと目を向けなければいけないことにも気付かされます。

また、大内さんの病態はそのまま、原爆で苦しんだ多くの方々が辿った
道でもありました。本書の解説で柳田邦男さんが書かれていたことを
以下に抜粋します。

「…大内氏の八十三日間の壮絶な闘いのディテールを知った上で、
原爆被曝者たちの症状の記述を読み返したとき、簡潔な医学的記述の
向こう側にあった重症被曝者たち一人一人の死に至るまでの、むごい
としか言いようのないプロセスが、突如もの凄いリアリティを持って見えてきた。」

かつて日本に落とされた原爆という恐ろしい兵器が、被曝した人々にどれほどの
ダメージを与えていたのか。当時の医学では分かり得なかった様々な症状の詳細をも
この本は私たちに教えてくれています。


このように、「被曝」という日常とは遠いと思われる事故に遭われた方の
闘病記録ではあるのですが、本書は、ある普遍的な問いも投げかけてきてくれます。
例えば、助かる見込みのない、治療すればひどい苦痛を与え続けることにしか
ならない、そんな患者に対する医療をどのように行うべきであるのか。
また、自分の家族がそのような立場に置かれたとき、どのようにその現実と
向き合うべきであるのか。

「…本当は、大内さんはつらかったのではないかと、大内さんはこんなつらい
思いをしたくなかったのではないかと思ってしまうと、大内さんのためでは
なくて、大内さんのつらさなど何もわからないような人のために、自分は
大内さんを生かす手伝いをしてしまったのではないかという、すごく恐ろしい
ことを思ってしまう」 
(P187-189 看護師・花口さんの言葉を抜粋)

医療スタッフの方のこういった苦悩は、この本のなかでも特に心に
残りました。ご本人はもちろんのこと、現場におられたすべての方が、
本当に辛かっただろうと思います。

大内さんのご家族については、直接取材で得た言葉はあまりなく、
お見舞いの様子や鶴を折り続けるひたむきな様子などが綴られていましたが、
時々、お見舞いの際に大内さんにかけた言葉などが記録されていました。
「久、がんばってね」
「最後までがんばるんだ」
「2000年を迎えてほしい」
そんな言葉を聞くと、これほどに苦しい思いをしているのに、これ以上
がんばれだなんて…と、正直なところ思ってしまうのですが、家族から
してみたら、やはりどんな姿であっても生きていて欲しい、と思うもの
なのかもしれないし、近しい人の死を認めるということは、何があっても
できなかったのだろうとも思います。
自分だったら一体、どんな言葉をかけてあげられるだろう。
色々想像してみましたが、結局、答えは出ないままです。

そして、多くの看護スタッフの方が思われていたように、
私も大内さんご自身の思いや、願いが知りたいと思いました。
まだ話が出来る頃、「おれはモルモットじゃない」と呟いた大内さんは、
その後受けた処置について、一体どう思っていたのだろう。

こうして色々書いてみると、本当に簡単ではないことばかりで、
本を読んでしばらくが経った今も、考えをすっきりと纏めることができません。
そんなわけで支離滅裂で感想にすらなっていない文章を書いてしまいましたが、
とにかく、この本を読むことが、大内さんへの供養に繋がるんじゃないか、
そういう気がしています。 
このように恐ろしい事故に巻き込まれ、想像を絶する苦しい思いをされた
末に亡くなられた大内さん、篠原さんのことを知り、その死をもたらした
ものについて考え、それを未来に生かしていくこと。
それだけが、今、この日本に住む私たちが大内さんや篠原さんの命のために
出来る精一杯のことでないかと思います。


お二人のご冥福を、心よりお祈りいたします。









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