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本・漫画・映画

戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)
(2004/05)
デーヴ グロスマン

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珍しく、読んだ本の話など。

以前買って読んだ本なのですが、近頃読み返してみました。
タイトル通り、殺伐とした題材の本ですので、内容については
以下にたたみます。



まんまタイトル=内容、である本書ですが。

ツイッターでも少し触れましたが、他の著作からの引用や、
作者さまご本人の経験や研究結果など、ボリュームが多く、気になった点を
一つ一つ挙げていくのは難しく…。
いくつか重要なポイントがあるのですが、今回はその中の一つだけ、
以下に挙げてみようと思います。

*******

ハンブルクとバビロンではどこが違うのだろうか。結果には何の差も
ない。どちらも罪もない人々が痛ましい死に方をし、都市は破壊された。
では、何が違うのか。(中略)
その違いはつまりこういうことだ。バビロンやアウシュヴィッツやミライ村の
虐殺者についてじっくり考えるとき、そんな慄然たる行為を行いえたかれらの
病的な、理解不能な精神状態にたいして、人は心理的に嫌悪感を覚える。(略)
その行為を私たちは人殺しと呼び、その行為者を犯罪者として捕らえて裁きを
受けさせる。(略)そして個人を裁くことで、これは文明社会では許容されない
逸脱行為なのだと自分に納得させて心の平和を得るのである。
しかし、ハンブルクや広島に爆弾を落とした者について考えるとき、その行為に
嫌悪感を抱く人は少ない。少なくとも、ナチの死刑執行人に対するほどの嫌悪感を
抱く事はないはずだ。(略)だから、犯罪人として裁くことはしない。私達は
彼らの行動を合理化する。そしてたいていの人間は本心からこう思うのだ――
爆撃機の乗員がしたようなことなら自分もやるかもしれない。だが、ナチの
死刑執行人のようなことだけはできないと。

第13章 距離――質的に異なる死 190~191頁より抜粋


******

過去の戦争についての著作は色々と出ていて、そういう個人的な体験談などを
読むたびに、戦争の悲惨さを感じるわけですが、これからのことを考える上で、
本当に怖いのはこの「距離感」なのかもしれません。
著者は、同類である人間を殺す事に対して、人間には生まれつき強烈な抵抗感が
備わっているといいます(例外はいるらしいですが)。
しかしそれは、目の前で自分と同じように生きている敵と直接相対した時に
感じることであって、直に敵を見ることなく戦えるとなったら、一体どうなるのでしょうか。
かつて誰も保有していなかった大量破壊兵器を多くの国が持ち、対象を見なくても
済むはるか遠くからの攻撃が可能となった今、歴史から学ぶ、ということも難しい部分が
増えてきています。
私達は前例のない時代を生きねばならないわけです。

この本は、米国陸軍、空軍士官学校の教科書として利用されているらしいです。
平和の大切さが書かれているわけでもなく、だからといって戦争を正当化するようなことも
書かれていません。フラットな目で戦争というもの、そこで起きる人間の行動を心理学的
視点から眺めています。そのため、個人的思想はあまり入ってこず(最後あたりのメディア論
などはその限りではありませんが…)、ただ読む者に考える材料を与えてくれます。

国内外で毎日色んな動きがあり、国益とか国防とか、そういう言葉を目にしない日がなくなって
きた昨今、これからどういう方向へ世の中が向かっていくのかな…と正直ちょっと不安です。
世界的に見て、これほど武力でものごとを解決しようとする人が多い中、戦争はいけない、と
通りいっぺんなことを言っても詮無いというか…。
それよりはこの本にあるような話を通じて、自分達がどんな世界に生きているのか、ひとたび
戦争が起こればどんな事態が起こりうるのかを考えてみることのほうが余程有益であるような
気がしました。




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