猫とワタシ

Wandering Note

創作文芸サークル『a piacere』の活動状況など

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つぶやき

tokeiso.jpg

花びらが一枚、ひっくり返っちゃってますが^^;
トケイソウの立体感が好きです。
横から撮らないとその辺の雰囲気がよく伝わらないのですが、
時計っぽく撮るなら、断然正面がいいですね♪

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昨日、ツイッターでPTAに関するツイートが流れてきたので
何気に読んだのですが、それがあまりにアレな内容だったので、
ついつい怒りのツイを連投してしまいました(今は反省しているw)
ですが、これはPTAに関することだけじゃなくて、こないだから
思ってた諸々の事象とも関係あるんじゃないかと思ったので、
一度考えをまとめてみようと思いました。


ほとんど自分の備忘用且つやたら長文ですんで、ご興味ある方だけどうぞ。

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イラスト部屋に拍手ありがとうございました!!!!!
もう数年ずっと置きっ放しでお恥ずかしい…!!
見に来てくれる人がいらっしゃるだけでとっても嬉しいです~(*´∀`*)ノ






一般的に、結婚したら、女性は専業主婦(短時間パート社員を含む)になるか、
もしくはフルタイムで働くか、まぁ大体はそのどちらかを選択することになると思います。
しかしこの二者、どうもお互いすごくいがみ合ってるように見えて仕方ないんです^^;
私自身、独身の頃、フルで働く正社員のマダムたちに「まりもちゃんは結婚しても
ずっと働き続けるわよねっ、ねっ?」と、「あんたも私らの仲間よね!?」と言わん
ばかりの勢いで聞かれました。
(あんな剣幕で言われたらハイ、と答えるしかないでしょうよ。。)
その底には、専業主婦→自分で生計を立てることができない→人間として
独立していない→自分より劣っている という優越感が見え隠れしていたように
思えます。
そういうちょっと上からな目線を敏感に感じるのと同時に、実際にそのことについて
自らがコンプレックスを持っている場合もあったりして、専業の主婦の中にも
働く主婦に対してアレコレ言わずにはおれない人がいるようです。私の周りに
そういう人が実際にいるわけではありませんが、そういうことがあるというのは
愚痴で聞いたことがあるので、実際あるのかな~とも思います。

話は変わって、先日東京都議のセクハラヤジの問題がありましたよね。
怒っている方も多かったし、その気持ちも分かるので話題になっていた時には
敢えて何も言ったりはしなかったのですが、実はあの話、私はとても違和感を感じました。
「早く結婚したほうがいいんじゃないか」と言ったのが議員だから問題だった、
発言中にヤジを飛ばす行為自体が問題だった、ならまだ話は分かるのですが、
おじさんが若い女性に行った「セクハラ」だったという意見は、問題の本質を遠ざける
解釈じゃないかと感じました。というのも、一般に、この手の話題を持ち出して人を平気で
傷つけるのはおじさんよりはむしろおばさんのほうが多いんじゃないかと思うからです。
自分が一通り経験している気安さもあるのでしょうが、出産のことも、結婚のことも、
ずけずけとアレコレ言ってくるのは大抵は年配のおばさんで、私も時々電車で隣り合った
見も知らないおばさんに嫌な思いをさせられたりしました^^;
そんなわけで、あの場でもし女性議員が同様のヤジを飛ばしたらどうだったのかな~と
考えざるを得ませんでした(議員をやるような女性に、そんな人はいないでしょうけど)

あっ、ちなみに「家族に乾杯」って番組で鶴瓶さんがとあるゲストの男性に「早く結婚しろ」
ってうるさいぐらい言ってたようなんですが(ゲストの人、内心辟易してたんじゃないか…)、
ああいうのは視聴者的には笑って「そうだそうだ~」って受け入れるんでしょうか。
言ってることは都議の人と同じだと思うんですが…。同性同士だったらいいってこと?
それとも、つるべさんみたいに有名で温厚そうな人が言うのはOKだってことでしょうか。
そうじゃなければ、悪意が籠もってなければOKということなのか?
悪意のあるなしって誰が判定するんでしょう?悪意がないって、逆にすごい怖い場合だって
あります。正直すごく疑問です。

…と、話が脇にそれちゃいましたが^^;
近頃、セクハラで片付けられることのなかには、、全然別のところに問題が潜んでいる
ってことも多いような気がします。
それよりはもっと根深い、昔の伝統に基づく価値観と、変わろうとしている今の価値観の
ジレンマ、みたいなものもあるんじゃないのかな~と。。
そういうジレンマの上に、自分なりの価値を選択した人たちが、それとは違う価値を選んだ
他者に対して否定する感情がおおいかぶさって、それが問題の根っこを隠してしまって
いるように思えて仕方ありません。

そういう意味で、上に書いた二つの話は繋がっている気がします。
要は、自分が生きてきた人生と違う道を生きようとする人に対する無理解、不信感から
来る問題なのだと思います。
更に、そういった「自分と違う生き方を選んだ他者に悪意むきだしで接する人」は、
誰かが自分と違う価値を選んだ事そのものが、自分の人生の選択を否定する行為だと
(無意識の中で)勝手に解釈して、それに対する精神的防御の結果として攻撃的に
なっているんじゃないかという気がします。

家で家族のために働くにせよ、外で働くにせよ、結婚するにせよ、出産するにせよ、
自分が人生の中で選んできた事に対して毅然として揺るがなければ、多分こういう話は
起こらないですし、忙しく外で働くお母さんに思いやりを持って接することもできるだろうし、
家に居るお母さんを見下すようなこともなくなるんじゃないかと思います。

いつの時代にも世の中には必ず「こういう人生のあり方が望ましい」みたいな規範があります。
それがあると安心だし、何かと便利だからなんでしょうけど、そこから外れたら世の中ってとても
生きにくい。日本は「世間」がものすごく強い力を持っているので、余計にそうじゃないかな。
もっと他者を認めるためには、「世間」にべったりとよりかかるのではなく、自分の中を正して
いかなきゃ始まらないのだと思うし、今後益々そういうことが必要な世の中に変わってきて
いるのだと思います。


嫉妬やコンプレックスは、大きな災いの種になります。
なかなか難しいけど、自分の中のそれらを減らしていく努力は、長い目で見れば
世界平和とか、大きなことにも繋がってくると思います。

……とか。
なんだか、そういうことを考えたりしました^^;
分かりにくい文章でごめんなさい。
乱文、長文、失礼しました><








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